日  記

某ケンノートを再び

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日記書くのをすっかり忘れてた。

午後からクライアントとの打合せ。プランの方向性が少し見えてきた。できれば年内竣工が希望なので急がないといけないけれど、宅地造成なんかが必要でけっこうその辺の調整が必要。今回は諸事情から宅地その他に関しては別でお願いしてもらうことにしてて、外構抜きの建築だけを設計することになってるので僕の守備範囲じゃないのだけれども。

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息子が市立図書館で借りてきて本が「肉食獣」とか「肉食の鳥」とか肉食系アピールかって感じのチョイスで面白い。男の子ならではの強さへの憧れみたいなのが「肉食」という言葉への興味になってる感じ。この「肉食獣」っていうのは生々しい写真が豊富で、まさに肉食ってところをえぐりだしてる感じがとてもナイス。子供向きの図鑑って感じの装丁のくせに全然子供に媚びてないところが良い。

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今している仕事は限定的な範囲での仕事ということもあって、まさに「間取り」を解いてそれに意匠を貼り付ける、といった方向なんだけど、特別望んでいない人にはそれで十分なんだろうな。と思うし、そういう人が大部分なんだろうな、と思わされる。

後は与えられた役割の中で満足度をあげられるように精一杯努力するだけ。それは悪いことではないけれども、その上でクオリティをあげていくには伊礼さんの言われるような標準化によって精度を挙げていくことと適切なマッチング(作風がある中でその作風を予め理解している人がクライアント候補になる)を引き寄せることが必要なんだろう。それはまさに伊礼さんを手本としているベガさんのような工務店にこそ向いているように思う。

その方向とここ数日書いてきたようなことは両立しうるのだろうか。おそらく両立しうるのだろう。だけどそれに対してどういうスタンスでいるのか、というのは結構重要だと思う。

強引に分けてしまうと「自分の思っているイメージを、(自分の思っているイメージを超えて)実現してもらいたい」というタイプと、「自分がイメージしていなかったようなものを実現 してもらいたい」というタイプがいるように思うし、そのどちらに対して応えられるようにするか、というのでスタンスが変わってくるように思う。

要望に対して一定のクオリティ以上のものを提供できるようにするためには前者であれば「標準化」のようなフィルターが必要だろうし、後者であれば、可能な限りフラットな目線・態度を維持することが必要だろう。(といっても、それらは一定のレベル以上では混ざり合うのだろうけど)

つづく。